極真会館 静岡南道場
こちらは妖刀村正・大石代悟首席師範の管轄する道場です。 責任者は柴田自由(四段)。 全日本大会にも出場経験があり、現在幼年から一般までを精力的に指導している。
疑 問
 入門3ヶ月、まだ白帯の少年部。その保護者から「他の習い事を始めたので稽古回数が減ります。」と言われた。もともと入門してから週に1回程度しか稽古に来ていないので、基本稽古もほとんど覚えていない。そんな状況でさらに稽古回数が減った。現在は月に2回程度。入門動機は「精神的に強くなって欲しい。礼儀を学んで欲しい。」とのこと。
いったい何をさせたいのか?何を学ばせたいのか?疑問だ。不思議だ。
こういった家の方には何をどう説明してよいか判らない。
そして、ここ数年、以前よりそういった家が増えていると感じる。

 こういった事もあった。
 小学1年生。入門半年。まだ帯が締められない。
 入門の時に「帯の縛り方は、まずお家の人に覚えてもらいます。道場でも縛り方の練習はしますが、家でも充分に練習してください。」と話した。
普通、1年生であれば1〜2週間でなんとなく縛れるようになる。1ヶ月もあれば充分だ。現に「年中さん」でも縛れる子は何人もいる。しかし、半年たっても縛れないので道場で説明をしながら縛る練習をした。そして、何とか縛れるようになった。お家の人に手紙を書き、本人にも「家でも練習してくるように」と伝えた。しかし、次の稽古のとき、また縛れなくなっている。もう一度お家の人に手紙を書いた。暫くして「道場を辞めます。」といって退会した。その子はそんなに出来の悪い子ではなかった。ただ、縛る練習をしていなかっただけだ。いわゆる「やれば出来るのに。」という感じだ。
道場を辞めてどうするのだろう?「こんな口うるさい場所(道場)は辞めちゃえ!」っていう感じなのか?
いったい何を、どのようにして身に付けさせるように考えているのか?子どもがかわいそうだ。このままでは他の習い事をやっても同じ事の繰り返しだろう。
親がほんの少し気にかけてやれば何でも出来るようになるのに、その親があまりにも早計すぎる。
入門してくる本人よりもその親から指導しなければならないのか?
どうすればいいのだろう。
帯の重み
「極真の緑帯は他流派の黒帯に匹敵する。」と言われていた時代があった。
当時、極真には「白・緑・茶・黒」の四段階の帯しか存在しなかった。少し殺伐とした話だが、「強さ」を売りにしていた「極真」にはいわゆる「道場破り」が多くやってきたが、これを真っ先に迎え撃っていたのが「緑帯」だ。
相手は「黒帯」、こちらは「緑帯」。しかし、組手を行うと全員がこの「緑帯」に歯が立たずやられてしまう。
この結果から、「極真の緑帯は他流派の黒帯に匹敵する。」となった訳だ。
最近は少年部が増え、時代も変わったためこんな殺伐とした話はそうそう出来ないが、そんな今でも、この時代の「極真の強さ」を守っていきたいと考えている。

さて、さらに昔、「帯」という物は、「白、黒」しかない時代があった。
この時代の稽古はまさに「修行」そのものであった。これは剣道でも、柔道でも同様だ。
日々「努力精進」することこそが本来の目的で、師範や先生に「今日から黒帯だ。」と言ってもらえるまでただひたすら稽古あるのみ。黒帯に近づいたのかどうかは自分でははっきりとは判らなかっただろう。しかし、今日も明日も稽古する。これこそが人格形成を目的とする武道本来の稽古であった。
時代を経て、「帯」はその後、「白、茶、黒」となり、上記の四段階の後、徐々に現在の形になってきた。
これはやはり時代の変遷で、「じっくり我慢し、取り組む」ことが難しくなってきているためだろうか。
「じっくり我慢し、取り組む」ことが難しくなってきたため、我々の先輩たちは創意・工夫をされ、その結果が現在の「色帯制度」の採用となった。細かく色分けすることで少しでも自分の実力が今どの辺りにあるのかを判りやすくすることが出来た。といってもこの「色帯制度」、「極真」では今から25〜30年前には既に出来上がっていた。
「極真」の「色帯制度」はパイオニアとして画期的なもので、今では柔道や他の武道団体でもこの「色帯制度」を採用している。

私自身も「色帯世代」のため大きなことは言えないが、「色帯制度」が採用され、自分の実力が判りやすくなっているにもかかわらず、やはり「極真」の黒帯を手にすることは難しいのだろう。いわゆる他流派では2〜3年で黒帯を取得できるようだが極真ではそうはいかない。最低でも5〜6年は掛かる。ましてや、今の時代は価値観が多様化し「これをやった、あれをやった、これがダメならあれでもいい。」となってしまっているのでさらに取得が難しくなってきているのだろう。しかし、あれこれ手を出しても身に付かない。武道とはそういったものだ。球技などのスポーツとは明確に違う。武道とはその技術はもちろん、先輩としての立振舞や指導力まで評価される。その結果の「黒帯」だ。だからこそ「帯の重み」を知ってもらい「黒帯」を手にしてもらいたい。

*世界各国、全国各地、各道場で多くの師範や先生が指導をされているので、昇級・昇段には若干基準の違いがあるだろう。ただ、どこの道場でも、例え黒帯を取得できなくても「緑帯〜茶帯」まで取得できればなかなかの物なのではないだろうか。少なくとも私はそういう指導をしているつもりだ。
全日本大会2
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 学生時代から各地で行われる大会を数多く観戦している。
 各地区の交流試合、地方大会、大阪での全日本ウエイト制大会、東京での全日本無差別大会、4年に一度の世界大会まで、振り返るとこの20年間で100回近くは見ていることになる。

 入門当初、「大きな試合に出たい」という希望があった。
 入門して数ヶ月がたったある日、先輩から「東京で行われる全日本大会を見に行きませんか?」と声を掛けていただいた。
 しかし、私は断った。「大会は見る物ではない、出るものだ。自分は見る側ではなく、見られる側にまわる。」といった自惚れがあったのだ。その一年後、全く同じように声を掛けていただき、入門したての頃より少し気持ちに余裕が出来ていたので「今年は先輩に付いていってみよう。」と割と素直に同意した。
 初めて全日本大会を見て一年前のことを悔やんだ。「何故、昨年見に行かなかったのだろう。」 今思うと大変もったいないことをしたと反省している。全日本大会はそれほど素晴らしい大会であった。鍛えぬいた選手たちが日本一を競う。そこには自分の価値観と一致するものが数多くあった。

 なんでもそうだが、目標を見つけたらまず見てみることが大切だ。音楽に惹かれたならコンサートに行く、絵画に興味を持ったら美術館に行く、こんな当たり前のことが解っていなかった。例えそれに興味が無くても「一流」と言われるものには何かが宿っている。チャンスがあれば何でも自分の目で見ることが大切だ。

 今年の全日本大会もレベルの高い試合が繰り広げられた。道場生は年に一度くらいは最高レベルの試合を目にしなければもったいない。せっかく道場に通っているのだから。

テーマ:格闘技 - ジャンル:スポーツ

全日本大会1
 10月16日、福井県で全日本大会が開かれた。
 昨年は「山形県」、今年は「福井県」、来年は「静岡県」で全日本が開催される。

 極真連合会は各支部が持ち回りで全日本大会の開催を決めた。
各地で「極真」の素晴らしさを少しでも理解してもらうことが出来れば、以前の「極真」に再構築出来るのではないかとの思いがあるからだ。

 残念ながら、現在「極真」は以前ほどの求心力を失った。大山総裁亡き後、「極真」の素晴らしさを世界中に発信することが出来なくなった。しかし、昨日の大会を見て、連合会は徐々にその底力を発揮しつつあると感じた。全日本大会の間に開催される大阪でのウエイト制大会もレベルアップしている。そして、昨年の大会、今年の大会と素晴らしい内容を見せてくれた。近い将来、連合会の大会が今以上の多くの観客を動員し、多くの極真ファンが「やっぱり極真だ!」と納得してくれる日が来るに違いないと思う。
 そして、我々指導員は「極真再構築」の目標を忘れてはならない。
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や る 気
 以前ブログにも記した子の話。

 「いつ辞めるのかな?」と思っていたが、審査受審ための特訓で稽古にたくさん来るようになり、その流れで試合にも初出場した。当然、試合のための特訓にも参加したので稽古回数は飛躍的に伸びた。
 残念ながら初戦は初勝利とはならなかったが、稽古回数が少ないときは隅っこでおどおどしているだけだったのに、今では稽古に来ても堂々としていられるようになった。

 さらに、試合で負けて悔しかったのだろうか、キックミットを購入し、家でも稽古しているとのこと。
 何が彼を変えたのか?本当のところは彼自身にも判らないだろう。
 しかし、今一生懸命稽古に来ている、家でも稽古している、この事実こそが大切なのではないだろうか。


 *少し言葉足らずか。
  彼が何故今元気なのか?
  そのもっとも大きな要因は親が積極的になったからだ。
  定期的に送り迎えを繰り返し、親自身が稽古に参加させる(参加する)習慣を身に付けたからだ。
  入門後、数ヶ月で退会していく道場生の多くは「ほったらかし」にされている家だ。子どもの意思だけで何かを身に付けることなどはっきり言って不可能だ。
  親が入門を勧めたのなら、そこに責任を持つべきだ。
二つの大会を通じて
 9月に山梨県大会、10月にエコパ大会と大きな大会が二つ続いた。
 大会は選手だけでは成り立たない。それを裏で運営するスタッフがいて初めて成り立つのである。
 我が静岡南道場からはこの二つの大会にスタッフとしてそれぞれ9名ずつが参加した。(重複あり)
 当道場は、昨年まで、この運営スタッフを募るのが大変であった。社会人は仕事があり、少年部では心もとなかったのである。しかし、今年は違う。何名かの中学生がスタッフとして働いてくれたからだ。そして彼らが本当に道場の力となってくれていると感じる。

 彼らには次のように話す。
 「今の中学には強制した部活は無い。部活に入部しなくてもいい。授業が終われば自分のためだけの時間が持てる。しかし、現代の歪みはここにある。」「他人のことを考えない自分勝手な人たち、ニートと呼ばれる働く意思の無い人たち、こういった現代社会の問題はひょっとすると部活の有無に起因しているのかもしれない。先生たち(学校関係者)はこれに気づいているので『奉仕活動』として、地域の清掃などに君たちを借り出すのだ。」と。
 「我々が中学生だった頃は、部活は強制であった。運動部であれば、当然、1年坊主は先輩の鞄持ちとして試合に参加する。試合そのものに出場する機会は無く、いわゆる玉拾いだ。しかし、そういった経験から人のために働く、いわゆる『奉仕の精神』を学ぶことが出来たし、自分が出場しない試合でも仲間を応援することなどを学んだ。」とも。

 確かに行き過ぎた「シゴキ」や「縦の関係」はよくない。しかし、適度な強制感は人を我慢強くする。道場でも若干の強制を経てスタッフとして参加してくれる少年部がこういったことを学び、近い将来、社会人となった時、必ず役に立つと信じている。今はまだその本質を理解できないでいるかもしれないがs-PA100217.jpg

笑ってコラえて!吹奏楽SP
 今、テレビで「笑ってコラえて!吹奏楽SP」を見ている。
 吹奏楽の甲子園、「東京・普門館」を目指す、高校生の部活動を追ったドキュメント番組だ。
 挨拶の仕方、練習に取り組む姿勢、取り組む時間、家に帰ってからの各自の取り組み、指導する先生の厳しさなど、決して「極真」に引けをとらないほどの熱心なものだ。

 吹奏楽の練習は各自のパート練習と全体練習を繰り返さなければならない。
 例えば、「午前中は個人練習」、「午後は全体練習」というわけだ。スポーツの練習より練習時間が長い。また、大会遠征においては楽器の搬入・搬出があるのでスポーツの遠征に比べて前後1時間以上は拘束時間が長くなるし、かなりの肉体労働を必要とする。
 彼ら、彼女らはその中で目標とする「東京・普門館」を目指している。
 さらに、彼ら自身の目標が高くに設定されているからこそ、万一、大会で不甲斐ない結果が出たとしても決して途中で帰ることなど無い。最後の演奏まで、しっかりと聞き、自分の糧にし、さらに後片付けをして帰宅するのだ。

 空手に当てはめると、自分の試合が負けて終わったら「用事があるので先に帰ります。」などという甘い発言は許されない。ましてや決勝戦前に帰るなんて言語道断、決勝戦こそ最高レベルの試合を目にする良い機会であるからだ。きちっと最後まで試合を見て目標設定することが大事だ。
 加えて、「○○道場・誰々」というように個人競技のようでも団体競技の側面も兼ね備えているはずで、道場の仲間がたくさん試合に出ているのに、応援もせず先に帰って、親としていったい何を学ばせたいのか、理解し難いときもある。

 お子さんを道場へ稽古に通わせている保護者にはこの番組を見て、是非見習っていただきたかった。
 そして、空手以外にもこんなに「熱い」先生たちがいることに拍手!!!!
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