高校サッカーで優勝した滋賀県・野洲高校の話。
監督はサッカー経験の無い方だそうだ。そして、このサッカー部の目標は「全国優勝」ではなく、「各自が日本代表」であるそうだ。
だから、選手たちは全国優勝をしても「あくまでも通過点」として捉えているらしい。
目標を高く持つことは素晴らしいことである。判っていることではあるがなかなか簡単には出来ないことでもある。その意識の高さが全国優勝をもたらしたことは間違いないし、「勝って奢らず」の姿勢があるので既に練習を再開していることだろう。
意識を高く持つことがいかに大切かを学ばせてもらった。そして、その道の専門家(経験者)でなくともしっかりと筋道を立てた指導が出来れば素晴らしい成績を収めることができるのだ。
そう考えると空手道場は「大会で良い成績を修める」ことだけでなく、その先の「素晴らしい人格を形成すること」を常日頃から稽古目標として口に出して指導していかなければならないだろう。
監督はサッカー経験の無い方だそうだ。そして、このサッカー部の目標は「全国優勝」ではなく、「各自が日本代表」であるそうだ。
だから、選手たちは全国優勝をしても「あくまでも通過点」として捉えているらしい。
目標を高く持つことは素晴らしいことである。判っていることではあるがなかなか簡単には出来ないことでもある。その意識の高さが全国優勝をもたらしたことは間違いないし、「勝って奢らず」の姿勢があるので既に練習を再開していることだろう。
意識を高く持つことがいかに大切かを学ばせてもらった。そして、その道の専門家(経験者)でなくともしっかりと筋道を立てた指導が出来れば素晴らしい成績を収めることができるのだ。
そう考えると空手道場は「大会で良い成績を修める」ことだけでなく、その先の「素晴らしい人格を形成すること」を常日頃から稽古目標として口に出して指導していかなければならないだろう。
先日、新聞に「学校教育の外部委託」というような記事が載っていた。詳しくは読んでいないので軽々しく論じるわけにはいかないが「えー、本当か? 先生にプライドは無いのか?」という感想を持ってしまった。
学校の授業をよりよい他の教育機関に任せるということらしい。塾の先生や予備校の先生などに任せることになるのだろうか。
確かに、下手な指導者(先生)に教わるよりはいいのかもしれないが、その場所の本来の役目はどうなるのだろうか、そこで教えているもともとの指導者(先生)はいったいどういう思いなのだろうか?
我々、カラテの場合に置き換えると、指導を他のカラテの先生に任せるということになるのかもしれない。自分自信に置き換えると考えられないことだ。そんなことなら道場を畳むしかないだろう。指導者として、先生と呼ばれるものとして最低限のプライドは持ち合わせているつもりだ。そして、そんなことにならないように日々精進しなければならないと痛感した。
学校の授業をよりよい他の教育機関に任せるということらしい。塾の先生や予備校の先生などに任せることになるのだろうか。
確かに、下手な指導者(先生)に教わるよりはいいのかもしれないが、その場所の本来の役目はどうなるのだろうか、そこで教えているもともとの指導者(先生)はいったいどういう思いなのだろうか?
我々、カラテの場合に置き換えると、指導を他のカラテの先生に任せるということになるのかもしれない。自分自信に置き換えると考えられないことだ。そんなことなら道場を畳むしかないだろう。指導者として、先生と呼ばれるものとして最低限のプライドは持ち合わせているつもりだ。そして、そんなことにならないように日々精進しなければならないと痛感した。
毎年、この時期、成人式のニュースが流れる。
昔と違って、会場で「飲んで、暴れる」姿ばかりが映し出される。情けない。
浮かれる気持ちは判らなくも無い。しかし、その場所で暴れて何が面白いのか?
式典が長くて退屈なら出席しなければ良いだけなのに、わざわざ出席して雰囲気をぶち壊す。あまりにも心の成長が無さ過ぎる。何が二十歳か。何が成人式か。道徳観も何も持ち合わせていない。いったい、どんな育ち方をしたのか?こんな二十歳を祝う必要があるのか。
また、彼らの顔色を伺って短い祝辞を述べる主催者側。大人としての威厳も何も無い。式典の雰囲気を壊す輩は「つまみ出す」くらいの強い姿勢が必要ではないのか。
厳しく注意されず、自分勝手に育った若者が増えているが、今以上にそういった人達が増えないように祈るばかりだ。
昔と違って、会場で「飲んで、暴れる」姿ばかりが映し出される。情けない。
浮かれる気持ちは判らなくも無い。しかし、その場所で暴れて何が面白いのか?
式典が長くて退屈なら出席しなければ良いだけなのに、わざわざ出席して雰囲気をぶち壊す。あまりにも心の成長が無さ過ぎる。何が二十歳か。何が成人式か。道徳観も何も持ち合わせていない。いったい、どんな育ち方をしたのか?こんな二十歳を祝う必要があるのか。
また、彼らの顔色を伺って短い祝辞を述べる主催者側。大人としての威厳も何も無い。式典の雰囲気を壊す輩は「つまみ出す」くらいの強い姿勢が必要ではないのか。
厳しく注意されず、自分勝手に育った若者が増えているが、今以上にそういった人達が増えないように祈るばかりだ。
1月7日、大石道場合同寒稽古が清水・三保で行われた。
前日の寒波は幾分和らぎ、ここ数日の中では比較的暖かく、稽古日和であった。
参加者総数500名。我が静岡南道場からは約50名の参加があった。
最年少は4歳。寒い中、一生懸命稽古した。
一日くらい寒稽古した程度で急に強くなる訳ではない。しかし、「稽古しよう」という、その気持ちが心を強くするのだ。
中には仕事の合間を縫って稽古に参加し、その後、仕事に戻る方もいた。大変なことだ。
寒い中、海岸縁で稽古し、その身体を引きずって仕事に戻ることは「言うは易し、行うは難し」。
K−1などプロ格闘が注目を浴びているが、「極真」はあくまでもアマチュア。アマチュアとして武道を志す以上、日々の生活の中で大変なことをさらっとやってのける心の強さが必要だ。そして、そんな道場生が我が道場に居てくれるだけでも私は嬉しい。
前日の寒波は幾分和らぎ、ここ数日の中では比較的暖かく、稽古日和であった。
参加者総数500名。我が静岡南道場からは約50名の参加があった。
最年少は4歳。寒い中、一生懸命稽古した。
一日くらい寒稽古した程度で急に強くなる訳ではない。しかし、「稽古しよう」という、その気持ちが心を強くするのだ。
中には仕事の合間を縫って稽古に参加し、その後、仕事に戻る方もいた。大変なことだ。
寒い中、海岸縁で稽古し、その身体を引きずって仕事に戻ることは「言うは易し、行うは難し」。
K−1などプロ格闘が注目を浴びているが、「極真」はあくまでもアマチュア。アマチュアとして武道を志す以上、日々の生活の中で大変なことをさらっとやってのける心の強さが必要だ。そして、そんな道場生が我が道場に居てくれるだけでも私は嬉しい。
2006/01/09 22:33:30
今年も静岡南道場恒例の新年会を行った。 いつも通り、年間表彰として、出席回数1位から5位まで、功労賞、牽引賞を授与した。 出席1位 363回 、2位 359回、3位 296回、4位 287回、5位 281回、驚くべき回数である。 まだまだ「強さ」には直結していない道場生もいるが、近いうち必ず彼らは大会でも上位入賞してくれるだろう。(何名かはすでに上位入賞してはいるが。) さて、その会の中でこんな話をした。 「すでにいろいろなところで言われている話だが『男の子を育てるには厳しさが必要だ。』」と。「引きこもりの多くは男の子だ。女親が可愛がりすぎ育てた結 果、厳しい環境に適応できず引きこもってしまうのだ。」とも。 確かにそればかりが原因ではないだろう。しかし、道場へ駆け込んでくる(あえてこういった言葉を使うが)親子を見るとそう思わざるを得ないことが多々あ る。にもかかわらず、道場の方針に沿えないで結局、足が遠のく。元の木阿弥。残念だ。 強さを求めて道場に入門したなら、少しずつでも道場のやり方に従って行動してみてほしい。そして、3年、5年と時間をかけ強さを身に付けてもらいたい。
今年も静岡南道場恒例の新年会を行った。 いつも通り、年間表彰として、出席回数1位から5位まで、功労賞、牽引賞を授与した。 出席1位 363回 、2位 359回、3位 296回、4位 287回、5位 281回、驚くべき回数である。 まだまだ「強さ」には直結していない道場生もいるが、近いうち必ず彼らは大会でも上位入賞してくれるだろう。(何名かはすでに上位入賞してはいるが。) さて、その会の中でこんな話をした。 「すでにいろいろなところで言われている話だが『男の子を育てるには厳しさが必要だ。』」と。「引きこもりの多くは男の子だ。女親が可愛がりすぎ育てた結 果、厳しい環境に適応できず引きこもってしまうのだ。」とも。 確かにそればかりが原因ではないだろう。しかし、道場へ駆け込んでくる(あえてこういった言葉を使うが)親子を見るとそう思わざるを得ないことが多々あ る。にもかかわらず、道場の方針に沿えないで結局、足が遠のく。元の木阿弥。残念だ。 強さを求めて道場に入門したなら、少しずつでも道場のやり方に従って行動してみてほしい。そして、3年、5年と時間をかけ強さを身に付けてもらいたい。
静岡南地区に道場を開設して8年が経った。
開設当初「10年後には、年齢・性別を越えたつながりの強い道場になっていればいいなぁ。」と思い描いていたが、その思いに近い道場が出来上がってきたように感じている。これもひとえに道場生の皆の稽古に対する真剣な気持ちの表れだと思う。
特に昨年は、県内の試合だけでなく、県外の試合にも積極的に参加する道場生も増え、それなりの結果も残してくれたということは頼もしく感じた。
ご存知のとおり「極真」は世界中に道場を組織する大きな団体だ。この「静岡南道場」という小さな一町道場が世界へとつながっている。私自身も昨年2度目の海外遠征を経験し改めて「極真」の凄さ、素晴らしさを実感した。
入門した道場生からするとちっぽけな一町道場かもしれないが、私はこの場所を通して無限の可能性を見つけてもらいたいと考えている。「審査を受けること」、「試合に出ること」、「合宿に参加すること」、これらの基本行事の先にもっともっと大きな経験のできる場所が「極真」には存在する。それとともに、当然武道としての奥深さも持ち合わせている。「物の見かた・考え方」、「何かに取り組む姿勢・心構え」、「日々の言動・立振舞」などを学べる場所でもあるのだ。「ちょっとした習い事」の範囲を超えた深いものが道場にはある。
私自身も皆さんに負けないように「汗」を流そうと考えている。 道場生や保護者の方々も共に「汗」を流し、この「道場」という場所を通しいろんな経験を積み、大きな人間に成長してもらいたい。 押忍
開設当初「10年後には、年齢・性別を越えたつながりの強い道場になっていればいいなぁ。」と思い描いていたが、その思いに近い道場が出来上がってきたように感じている。これもひとえに道場生の皆の稽古に対する真剣な気持ちの表れだと思う。
特に昨年は、県内の試合だけでなく、県外の試合にも積極的に参加する道場生も増え、それなりの結果も残してくれたということは頼もしく感じた。
ご存知のとおり「極真」は世界中に道場を組織する大きな団体だ。この「静岡南道場」という小さな一町道場が世界へとつながっている。私自身も昨年2度目の海外遠征を経験し改めて「極真」の凄さ、素晴らしさを実感した。
入門した道場生からするとちっぽけな一町道場かもしれないが、私はこの場所を通して無限の可能性を見つけてもらいたいと考えている。「審査を受けること」、「試合に出ること」、「合宿に参加すること」、これらの基本行事の先にもっともっと大きな経験のできる場所が「極真」には存在する。それとともに、当然武道としての奥深さも持ち合わせている。「物の見かた・考え方」、「何かに取り組む姿勢・心構え」、「日々の言動・立振舞」などを学べる場所でもあるのだ。「ちょっとした習い事」の範囲を超えた深いものが道場にはある。
私自身も皆さんに負けないように「汗」を流そうと考えている。 道場生や保護者の方々も共に「汗」を流し、この「道場」という場所を通しいろんな経験を積み、大きな人間に成長してもらいたい。 押忍
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