極真会館 静岡南道場
こちらは妖刀村正・大石代悟首席師範の管轄する道場です。 責任者は柴田自由(四段)。 全日本大会にも出場経験があり、現在幼年から一般までを精力的に指導している。
ちょうちょう結び
今から4年前、「小学3年生でちょうちょう結びが出来ない。」と記したことがある。
しかし、残念ながらまた同じ事を書かなければならない。
しかも今度は、「小学5年生」だった。「そんなバカな!」と思われるかもしれないが本当のことだ。
空手着のズボンはウエスト部分が紐になっている。上手く縛れないとずり落ちてくる。稽古中に何度もズボンを引き上げている子供は全員紐が上手く縛れない子達だ。
入門の際に「ちょうちょう結び」のことを親に話をするのだが、上手くいかない。親自身がいい加減なのだろうか?
今回の小学5年生の子もそうだった。何度もズボンを直すので「後ろに下がって縛り直して来い。」と言った。しばらくして戻ってくるが、またズボンを引き上げる。「ひょっとして・・・?」と思ったので「ちょうちょう結びが出来るのか?」と聞いた。しかし、怪訝な顔をするだけだ。怪しい。「ちょうちょう結びを知っているか?」と聞くと首をかしげる。どうやら「ちょうちょう結び」そのものを知らない様子だ。正直呆れた。指導する私がこんなことではいけないことは重々承知だ。しかし、今回は・・・。
幼年、少年部の入門誓約書にはほとんどが「礼儀・礼節を身に付け、強い精神力を・・・」と記されている。しかし、その前に教えなければならないことがあるだろう。生活の基本だ。「早寝早起き」、「自分のことは自分でする」、「遅刻はしない」、「忘れ物はしない」など、何でもいい。
子供を育てるのは親の責任だ。ではどう育てるのか?
答えは簡単。「将来、子供が困らないように!」すればいいだけだ。
片付け・掃除、簡単な調理、簡単な裁縫、挨拶、周りとの協調性。
それこそ、紐くらい結べないと新聞もゴミ置き場へ出せないではないか。ちょうちょう結びから話が発展してしまったが、子供のためを思って手を出しすぎると将来彼らが困ってしまう。「心を鬼に!」とまでは言わないが、適度に突き放したり、適度にハードルを作ったりしてそれを乗り越えさせるようにしてやる。そしてここが大事だ。それは「解らないことは教えてやる。」。子供が何を解っていないのか?これを親が理解して「教えてやる。」事が大切だ。
だからこそ「ちょうちょう結び」は1年生で必ず覚えさせてやろう。
信じてやり込め
 大石道場では5月中旬、上級者合宿が行われた。
 一泊二日の短い時間だが徹底的に型を繰り返した。
 もちろん、私自身、いわゆる現役時代は型など見向きもしなかった。
 しかし、「基本と型は流派の生命線。」といわれるもので40を超えた今になってその重要性を感じ始めている。
 若い人や現役選手にとっては「型など必要ない。」と思いがちだがあえて言わしてもらう。
 「信じてやり込め。」と。
 どんな型でも本当に思い切りやれば4〜5回で息が上がる。

 私の先輩に三明広幸という人がいる。40を超えて今尚現役として試合に出場している。その三明先輩が数年前、「試合のための稽古? そうですね、今は太極気世韻鬚笋蟾んでいます。」といっていたことがあった。サンドバックや走り込み,ウエイトトレーニングを一切止め、ひたすら型を繰り返したそうだ。大会優勝という実績は残せなかったがそれでも味のある組手を披露し、観衆を魅了した。

 大石主席師範もこんな話をされていた。
 「極真の強さは何か解るか? それはひたすら繰り返す量の稽古を大切にしているからだ。」と。
 まだ極真が世に出る直前、「凄い空手の道場があるらしい。」と噂を聞きつけた記者たちが取材に来た。そこで行われていたのはいわゆる想像を絶する量の稽古だった。
 まだ大会も開かれていない頃、何をもって「強い」と判断したのか?
 それは圧倒的な量の稽古だ。取材に来た記者たちはその稽古を見て「これは間違いなく強い。」とペンを走らせた。
 「何をやるか?」ではない。「信じてやり込めるか?」が強くなる唯一の方法だ。
 「型なんか・・・」と愚痴や言い訳をしている暇は無い。やり込むしかないのだ。

朝日新聞(5月19日付朝刊)の記事より
18日、駐日イスラエル大使のエリ・コーヘン氏の講演が静岡県立大学で行われた。講演の主な内容はイスラエルのテクノロジーや文化についての話だった。
 文化についての話の中で、イスラエル国内では柔道や空手が盛んで「柔道・空手の関心が高い」と話されたようだ。
 
 6年前、昨年と海外遠征を経験し、諸外国では日本の武道精神を学びたがっていると感じた。外国では武道に関する情報が少ないので、その学ぶ姿は日本人以上に必死だ。
 少ない情報の中、日本の武道精神を身に付けようと必死に稽古する。厳しい稽古も我慢し、師範・先生の話は一言ももらさないように聞く。
 この「必死」の姿勢が「何かを身に付ける」ポイントであり、今の日本人に欠けている部分でもある。身に付けるか、付けないか、は本気で取り組むかどうかにかかっているのだ。
 日本には世界に誇れる「武道」がある。 
 目の前にある「武道空手=極真」を必死で稽古しよう。そう思った。
試合に出る?、出ない?
 「昇級を目指し、試合に出て下さい。」とお話しさせていただくご家庭がある。 
 その結果、いつもたくさんの申し出が有り、大変心強く感じる。
 しかし、残念なことに申し込みの無い家庭も有る。
 確かに試合に出させるために入門させた訳ではないだろう。
 さらには昇級させるために入門させた訳でもないだろう。
 しかし、目標が無いと稽古に集中出来ないことは明白だ。

 例えば、サッカーや野球でも、チームに所属すれば月に何度も試合が組まれている。
 「試合に出させるために入部させた訳では有りません。健康な身体とチームワークを学んで・・・」などという親は一人もいない。
 逆に本人はレギュラーになれるように一生懸命努力するだろうし、もし、試合予定の無いチームならそこの部員はあっという間に全員辞めていなくなるだろう。ましてやチームプレイなので自分だけ「出ません。」などという人はいないはずだ。(たとえ補欠でも。)

 空手の道場は礼儀や礼節の部分が際立ち、個人競技のため、「試合に出ること」と「試合に向かって稽古し努力すること」などの大切さ、をいかにすれば理解してもらえるかいつも悩んでいる。

 ◆目標設定が出来れば
   1、 稽古回数が増える。
   2、 稽古回数が増えれば、自然と体力も付く。
   3、 道場に来る回数が増え挨拶や立振舞も身に付く。
   4、 それをステップに審査で昇級する。
   5、 やった結果が帯の色となって目に見えるからまた頑張る。

 ◆目標設定が出来なければ
   ・ 何のために稽古に来ているかが理解できない。
     (大人なら『精神的に強くなるため』と自分自身に言い聞かせられるが、親に連れ
     てこられた空手の稽古に子供たちが本来の意味を見つけ出すのはむつかしい。)
   ・ 目標が無いので稽古に集中できない。 
   ・ 集中できないので注意を受ける。
   ・ 注意を受けるのでカラテそのものがいやになる。
   ・ 結果、退会につながり、入門当初の目標である礼儀・礼節・強い心身などは
     身に付けられない。

 試合に出ることをためらっている道場生は次回、是非、挑戦せよ。
 そして、今年中に一つ上の帯を取得できるように親子で予定を立て、取り組んでみよ。
 そうすれば足が遠のくことなく、結果として本来の目的である「礼儀」、「礼節」、「大きな声での挨拶」、「強い心」などが必ず身に付く。
 「年に一度の試合」、「年に一度の審査会」、「年に一度の合宿」この3本柱を中心に取り組み方を見直してみよ。
 中途半端な取り組みでは何も身に付かない。
 本気で取り組み、子供の心と身体を強くしなければ。
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