今日(07.10.30)、朝日新聞朝刊に「ニチアス偽装」の見出しを見た瞬間思わず苦笑いをしてしまった。笑うなどとは全く不謹慎ではあるがそれにしても、である。
いったい今の日本で信用できるものはあるのだろうか。
生活の基本「衣・食・住」のうち、とりあえず偽装が行われていないものは「衣」だけである。
「食」は偽装・偽造の連続で全く信用ならない。
「住」はマンション耐震偽造にはじまり、今回は一般住宅にもその被害が拡大された。
おまけに信用していた舛添大臣までもが直前の会合ドタキャン。・・・信用できるものはあるのだろうか??
いったい今の日本で信用できるものはあるのだろうか。
生活の基本「衣・食・住」のうち、とりあえず偽装が行われていないものは「衣」だけである。
「食」は偽装・偽造の連続で全く信用ならない。
「住」はマンション耐震偽造にはじまり、今回は一般住宅にもその被害が拡大された。
おまけに信用していた舛添大臣までもが直前の会合ドタキャン。・・・信用できるものはあるのだろうか??
三重大会が行われた。
我が道場からも選手が何名か出場した。残念ながら少年部や女子部の選手は他県・選手との実力差があり敗退した。
しかし、一般上級の部に出場した道場生は、世界大会に弾みをつける優勝という一応の結果が残せた。
彼の入門は高校生の時。野球をやっていたそうで身体はかなり出来上がっていたが格闘技は初めてだった。入門当初は身体も硬く、若干不器用なところもあり技術的には派手なことは望めなかった。そんな彼の良い所は実に真面目であった。決めたことは守る、他人に頼らずコツコツ取組む、私からの指示(指導)は素直に聞き入れ稽古に活かす、そんな実直な性格が試合結果に結びついたのだと思う。
空手でもサッカーでも何でもそうだが自分の動きは自分で見えない。だから周りの声を大事にし、聞く耳を持って稽古に取組むことが大切だ。大リーガーの松井選手やイチロー選手などもテレビ画面を通じてその素直さ、性格の良さが見られる。周りの声を素直に受け入れることが出来ているのだと感じる。そういった選手は人から認められ大きな成果を残すことが出来るのだろう。
我が道場からも選手が何名か出場した。残念ながら少年部や女子部の選手は他県・選手との実力差があり敗退した。
しかし、一般上級の部に出場した道場生は、世界大会に弾みをつける優勝という一応の結果が残せた。
彼の入門は高校生の時。野球をやっていたそうで身体はかなり出来上がっていたが格闘技は初めてだった。入門当初は身体も硬く、若干不器用なところもあり技術的には派手なことは望めなかった。そんな彼の良い所は実に真面目であった。決めたことは守る、他人に頼らずコツコツ取組む、私からの指示(指導)は素直に聞き入れ稽古に活かす、そんな実直な性格が試合結果に結びついたのだと思う。
空手でもサッカーでも何でもそうだが自分の動きは自分で見えない。だから周りの声を大事にし、聞く耳を持って稽古に取組むことが大切だ。大リーガーの松井選手やイチロー選手などもテレビ画面を通じてその素直さ、性格の良さが見られる。周りの声を素直に受け入れることが出来ているのだと感じる。そういった選手は人から認められ大きな成果を残すことが出来るのだろう。
『小中「4・5」制も』の見出しが紙面を賑わした。義務教育区分の見直しだそうだ。
本当だろうか? 本当にこれが推進されるのだろうか?
その理由を紙上で見ると、「子どもの早熟化傾向を踏まえて考えると、小学4〜5年生の段階で発達上の段差があり、中学入学の時点で不登校が増加している問題に対応する必要性がある。」とのことらしい。
しかし、子どもたちの早熟化は、食生活の豊かさによる体格面だけで精神的には幼いと云われているし、学力や考え方なども稚拙だと云われている。さらには最近の青少年の起こす事件の原因は子どもたちの心の未成熟が原因だと指摘があるのにこういった制度改革が本当に行われるのであろうか。果たしてこれでいいのだろうか。
おまけに、「飛び級」や「短期卒業(早期終了)」も視野に入った見直しだそうだ。
もし、これが本当なら子どもたちの間では「あの子は頭のいい子、この子はそうでない子。」とささやかれ、区別が生まれる。区別といわれる範囲ならいいがそれがまたたく間に差別へと発展することは目に見えているのではないだろうか。そうでなくても「二極化」が進んでいるのに・・・。
大阪池田付属小の事件を思い出してほしい。
あの犯人は、付属小へ行きたいと親に告げたが逆に親から「お前は頭が良くないから無理だ。おまけにそんな金もない。」と言われた。
分別の付かない、小さい時に区別や差別を学ぶとその後の成長に影響するのだが、この親はそれを彼に植え付けてしまった。それが恨みとなり、池田小への復讐にまで繋がったのだ。
そんなことになるかもしれないことを国や市町村が推奨してはならないと思う。 幼少期は出来るだけ物事をフラットに見られるように教育する必要がある。 そうすれば中学や高校でもいじめを減らすことが出来るし、将来、人の役に立つように物事を考えられるはずだ。
社会に出てからの良い意味での資本主義や競争原理は必要だが、小学生での、それも10歳程度での篩い分けは全く必要ないのではないだろうか。
本当だろうか? 本当にこれが推進されるのだろうか?
その理由を紙上で見ると、「子どもの早熟化傾向を踏まえて考えると、小学4〜5年生の段階で発達上の段差があり、中学入学の時点で不登校が増加している問題に対応する必要性がある。」とのことらしい。
しかし、子どもたちの早熟化は、食生活の豊かさによる体格面だけで精神的には幼いと云われているし、学力や考え方なども稚拙だと云われている。さらには最近の青少年の起こす事件の原因は子どもたちの心の未成熟が原因だと指摘があるのにこういった制度改革が本当に行われるのであろうか。果たしてこれでいいのだろうか。
おまけに、「飛び級」や「短期卒業(早期終了)」も視野に入った見直しだそうだ。
もし、これが本当なら子どもたちの間では「あの子は頭のいい子、この子はそうでない子。」とささやかれ、区別が生まれる。区別といわれる範囲ならいいがそれがまたたく間に差別へと発展することは目に見えているのではないだろうか。そうでなくても「二極化」が進んでいるのに・・・。
大阪池田付属小の事件を思い出してほしい。
あの犯人は、付属小へ行きたいと親に告げたが逆に親から「お前は頭が良くないから無理だ。おまけにそんな金もない。」と言われた。
分別の付かない、小さい時に区別や差別を学ぶとその後の成長に影響するのだが、この親はそれを彼に植え付けてしまった。それが恨みとなり、池田小への復讐にまで繋がったのだ。
そんなことになるかもしれないことを国や市町村が推奨してはならないと思う。 幼少期は出来るだけ物事をフラットに見られるように教育する必要がある。 そうすれば中学や高校でもいじめを減らすことが出来るし、将来、人の役に立つように物事を考えられるはずだ。
社会に出てからの良い意味での資本主義や競争原理は必要だが、小学生での、それも10歳程度での篩い分けは全く必要ないのではないだろうか。
「エコパ大会3」と記したが内容はエコパ大会のことではない。しかし、関係する話だと思うのでお読みいただければ幸いだ。
「エコパ大会2」で中学生のスタッフについて記した。手前味噌で申し訳ないが似た話があるので記す。
私の娘は中学の陸上部に所属している。エコパ大会と同日10月14日に小学生の陸上大会があったそうだ。中学の娘にとっては関係ない話だと思っていたがそうではないらしい。どうやら小学生の大会の運営にスタッフとして駆り出されているらしい。
スタッフとして駆り出されると選手より早く会場に着く必要がある。娘も朝6時台に出て行ったそうだ。選手より早く会場に着き、スターティングブロックやハードルなどの準備をする。その後は選手の誘導、記録の整理・張り出し、表彰の準備など、カラテでいうところの大人が行っているような仕事を全て中学生がテキパキとこなしたようだ。もちろん段取りは大人が立てるのだがそれにしても大きな失敗は無いと聞く。
そういうことから考えるとカラテの試合も中学生がスタッフとして働く事はそれほど驚く事ではない筈だ。しかし、なぜかカラテではとてつもなく大変なことのように思われてる。こういったことは我々指導者も保護者もそして高学年以上の道場生ももっと他から学ぶ必要があるし、さらには今以上に積極的に行事に関わり、もっともっと多くのことを学んでほしい。そして出来るだけ早くに道場という場所を「お稽古事」という感覚から切り替え「学びの場」として認識してもらいたい。
「エコパ大会2」で中学生のスタッフについて記した。手前味噌で申し訳ないが似た話があるので記す。
私の娘は中学の陸上部に所属している。エコパ大会と同日10月14日に小学生の陸上大会があったそうだ。中学の娘にとっては関係ない話だと思っていたがそうではないらしい。どうやら小学生の大会の運営にスタッフとして駆り出されているらしい。
スタッフとして駆り出されると選手より早く会場に着く必要がある。娘も朝6時台に出て行ったそうだ。選手より早く会場に着き、スターティングブロックやハードルなどの準備をする。その後は選手の誘導、記録の整理・張り出し、表彰の準備など、カラテでいうところの大人が行っているような仕事を全て中学生がテキパキとこなしたようだ。もちろん段取りは大人が立てるのだがそれにしても大きな失敗は無いと聞く。
そういうことから考えるとカラテの試合も中学生がスタッフとして働く事はそれほど驚く事ではない筈だ。しかし、なぜかカラテではとてつもなく大変なことのように思われてる。こういったことは我々指導者も保護者もそして高学年以上の道場生ももっと他から学ぶ必要があるし、さらには今以上に積極的に行事に関わり、もっともっと多くのことを学んでほしい。そして出来るだけ早くに道場という場所を「お稽古事」という感覚から切り替え「学びの場」として認識してもらいたい。
エコパ大会で嬉しいことがあった。
たくさん嬉しいことがあったのだがとりあえずその一つを記す。
中学1年の道場生、今年中学入学と同時に部活に所属した。
普通部活に所属すると「忙しくなったので道場を止めます。」となるのだが彼は違った。親との関係がしっかり築かれており「部活に所属しても空手は続ける。」という基本線があるようだ。(他にもここまでしていただいている御家はあるが。)
極真カラテと静岡南道場に対してそういった価値観を持っていただいており、こちらとしてはそれだけでも感謝しなければならないし、また本人にとっては精神的にも強くなり、素晴らしく充分なのだが、彼はさらにもう一歩踏み込んでくれた。それは、試合には出場しないがスタッフとして参加してくれたことだ。
自分の試合が終わると仲間の試合の応援もしないで帰る道場生もいる中で(静岡南道場には誰もいないはずだが・・・)遠くまでやって来て、スタッフとして働いてくれた。これは道場としては大きな一歩だと感じている。例え本人にその気が合っても送り迎えをしてくれる保護者にその気が無かったらそれまでだし、逆に親にその気が合っても本人が面倒くさいと思えばそれまでだ。多くの場合親が「別にそこまでしなくても・・・」となるのではないだろうか。というよりもそもそも部活に入部しただけで止めていく道場生のほうが多いのでそんな心配もする必要はないが。
それにしても、彼の行動を見て次に続く道場生が出てくれればこんなに嬉しいことはない。頑張れ!中学生!君達に未来の極真カラテは掛かっている。
たくさん嬉しいことがあったのだがとりあえずその一つを記す。
中学1年の道場生、今年中学入学と同時に部活に所属した。
普通部活に所属すると「忙しくなったので道場を止めます。」となるのだが彼は違った。親との関係がしっかり築かれており「部活に所属しても空手は続ける。」という基本線があるようだ。(他にもここまでしていただいている御家はあるが。)
極真カラテと静岡南道場に対してそういった価値観を持っていただいており、こちらとしてはそれだけでも感謝しなければならないし、また本人にとっては精神的にも強くなり、素晴らしく充分なのだが、彼はさらにもう一歩踏み込んでくれた。それは、試合には出場しないがスタッフとして参加してくれたことだ。
自分の試合が終わると仲間の試合の応援もしないで帰る道場生もいる中で(静岡南道場には誰もいないはずだが・・・)遠くまでやって来て、スタッフとして働いてくれた。これは道場としては大きな一歩だと感じている。例え本人にその気が合っても送り迎えをしてくれる保護者にその気が無かったらそれまでだし、逆に親にその気が合っても本人が面倒くさいと思えばそれまでだ。多くの場合親が「別にそこまでしなくても・・・」となるのではないだろうか。というよりもそもそも部活に入部しただけで止めていく道場生のほうが多いのでそんな心配もする必要はないが。
それにしても、彼の行動を見て次に続く道場生が出てくれればこんなに嬉しいことはない。頑張れ!中学生!君達に未来の極真カラテは掛かっている。
秋の試合シーズンが始まった。
その第一歩、「エコパ大会」。
残念ながら「岐阜大会」と日程が重なり、私はどうしても「岐阜」に行かなければならなくて「エコパ大会」はその引率を橋本、江藤の両黒帯にお任せした。この両黒帯がいることで指導や運営が上手く行われているので大変助かっている。本当に感謝している。
さて、今回の試合、南道場からの参加は60名。多くの選手が出てくれてとても嬉しい。そして又、今回もみんな試合に向けて一生懸命稽古してくれたし、その結果、入賞者も多く出たので本当に嬉しい。
道場生を指導していると大体その実力は掴める。今回初入賞した何人かの道場生に関しては以前からその力を掴んでいたが、一つの結果が出て「予想通り」の感を得た。これを機に更なる飛躍を期待したい。
南道場は今回入賞出来なかった道場生の中にもまだまだ強い生徒がいる。しかし、入賞出来ないのはほんの少し努力が足りないからだと見ている。
「いい物を持っているなぁ。」と感じるのだが稽古回数が少なかったり、稽古参加にムラがあったりするとやはり試合では勝てない。
このことは保護者の皆さんには、ぜひともお伝えしたいところだ。
試合だけが空手の稽古ではないが、負けるよりは勝つほうがいいし、勝てばより一層稽古するし、そのためにも「試合」という目標を持つことはとても大事なことだ。目標があって初めて稽古に身が入るというものだ。試合参加を恐れず、「目標」として一生懸命稽古してほしい。そして、試合が終われば「結果」を気にせず、又、次の目標に向けて気持ちを切り替え稽古できれば入門時の本来の目的である「礼儀・礼節」や「強い心」が必ず身に付けられる。そして、そこまで続けられるかどうかは本人と保護者の強い意識と連帯だと思う。
その第一歩、「エコパ大会」。
残念ながら「岐阜大会」と日程が重なり、私はどうしても「岐阜」に行かなければならなくて「エコパ大会」はその引率を橋本、江藤の両黒帯にお任せした。この両黒帯がいることで指導や運営が上手く行われているので大変助かっている。本当に感謝している。
さて、今回の試合、南道場からの参加は60名。多くの選手が出てくれてとても嬉しい。そして又、今回もみんな試合に向けて一生懸命稽古してくれたし、その結果、入賞者も多く出たので本当に嬉しい。
道場生を指導していると大体その実力は掴める。今回初入賞した何人かの道場生に関しては以前からその力を掴んでいたが、一つの結果が出て「予想通り」の感を得た。これを機に更なる飛躍を期待したい。
南道場は今回入賞出来なかった道場生の中にもまだまだ強い生徒がいる。しかし、入賞出来ないのはほんの少し努力が足りないからだと見ている。
「いい物を持っているなぁ。」と感じるのだが稽古回数が少なかったり、稽古参加にムラがあったりするとやはり試合では勝てない。
このことは保護者の皆さんには、ぜひともお伝えしたいところだ。
試合だけが空手の稽古ではないが、負けるよりは勝つほうがいいし、勝てばより一層稽古するし、そのためにも「試合」という目標を持つことはとても大事なことだ。目標があって初めて稽古に身が入るというものだ。試合参加を恐れず、「目標」として一生懸命稽古してほしい。そして、試合が終われば「結果」を気にせず、又、次の目標に向けて気持ちを切り替え稽古できれば入門時の本来の目的である「礼儀・礼節」や「強い心」が必ず身に付けられる。そして、そこまで続けられるかどうかは本人と保護者の強い意識と連帯だと思う。
「円天」のニュースが世間を賑わしている。
電子マネーを利用して物が買える、そして現金は減らないという仕組みらしい。
ニュースを見ていてあまりのバカさ加減に呆れた。
ニュースに出ていた会員の女性は「円天でモノが買えるの。現金が減らないのよ!こんな素晴らしいことある!」と誇らしげに語っていた。
「はぁ??」
私は「円天」のことはこのニュースで知るまで全く知らなかった。
しかし、そもそも、世の中の物にタダのものはあるはずが無い。しいてあげるなら空気くらいのものだろう。
全てのものには原価・費用が掛かっている。誰かが採取し、手を加え、流通させる。お金が掛かるに決まっている。にもかかわらず「ダイヤを買いました。電子マネーなので現金は減りません。」そんなバカなことはありえないのだ。
そんな簡単なことに気付かない日本人は本当に大馬鹿だ。
情けない・・・
電子マネーを利用して物が買える、そして現金は減らないという仕組みらしい。
ニュースを見ていてあまりのバカさ加減に呆れた。
ニュースに出ていた会員の女性は「円天でモノが買えるの。現金が減らないのよ!こんな素晴らしいことある!」と誇らしげに語っていた。
「はぁ??」
私は「円天」のことはこのニュースで知るまで全く知らなかった。
しかし、そもそも、世の中の物にタダのものはあるはずが無い。しいてあげるなら空気くらいのものだろう。
全てのものには原価・費用が掛かっている。誰かが採取し、手を加え、流通させる。お金が掛かるに決まっている。にもかかわらず「ダイヤを買いました。電子マネーなので現金は減りません。」そんなバカなことはありえないのだ。
そんな簡単なことに気付かない日本人は本当に大馬鹿だ。
情けない・・・
私の道場には耳の不自由な子が通っている。
耳が聞こえないということは、話すことも出来ない。自分の声が自分で聞き取れないからだ。
そんな彼が今道場訓を覚えようとしている。
そして、少し覚えた彼がみんなの前で道場訓を唱和したいと申し出た。発音がハッキリせずそれを聞いた少年部の何人かがつい笑ってしまった。
彼が道場訓を言い終えた後で笑った人たちに厳しく注意した。
「一生懸命の人を笑うな。最近は一生懸命勉強している人、一生懸命スポーツしている人達を『そんなに頑張って変なの。』と笑う人が多くなった。しかし、一生懸命の人を笑う人は自分が一生懸命になったことの無い人だ。」と。
「世の中には、目の悪い人、耳の聞こえない人、足が不自由な人、そんな人達がたくさんいる。世の中はそういう世界だ。それが当たり前の世界だ。にもかかわらず身体の不自由な人達を笑うということは君たち自身の心が正しく成長していない。目の悪い人は眼鏡を掛けて、耳の聞こえない人は補聴器を付けて、足の悪い人は杖をついて、そうして生活をしている。そういった当たり前のことを理解できない人は空手をやる必要はない。」と話した。
少年部の子供たちがそういったことを素直に理解してくれると嬉しいのだが・・・。
耳が聞こえないということは、話すことも出来ない。自分の声が自分で聞き取れないからだ。
そんな彼が今道場訓を覚えようとしている。
そして、少し覚えた彼がみんなの前で道場訓を唱和したいと申し出た。発音がハッキリせずそれを聞いた少年部の何人かがつい笑ってしまった。
彼が道場訓を言い終えた後で笑った人たちに厳しく注意した。
「一生懸命の人を笑うな。最近は一生懸命勉強している人、一生懸命スポーツしている人達を『そんなに頑張って変なの。』と笑う人が多くなった。しかし、一生懸命の人を笑う人は自分が一生懸命になったことの無い人だ。」と。
「世の中には、目の悪い人、耳の聞こえない人、足が不自由な人、そんな人達がたくさんいる。世の中はそういう世界だ。それが当たり前の世界だ。にもかかわらず身体の不自由な人達を笑うということは君たち自身の心が正しく成長していない。目の悪い人は眼鏡を掛けて、耳の聞こえない人は補聴器を付けて、足の悪い人は杖をついて、そうして生活をしている。そういった当たり前のことを理解できない人は空手をやる必要はない。」と話した。
少年部の子供たちがそういったことを素直に理解してくれると嬉しいのだが・・・。
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