先日、「緊急付き添いの医師が行き先の病院で放り出される!」という記事を読んだ。
そして、今日、敦賀市のごみ焼却問題で「ごみ排出先の地方自治体は環境対策工事の費用払わぬ!」の記事を読んだ。
どちらも、事情はあるのだろうが相手の立場を慮っていないことが原因だと感じた。
どういうことか。
医師の話はこういうことだ。
夜間、緊急で個人病院に診療に来た患者が、その病院では対応しきれず、その病院の取り計らいで別の総合病院へ搬送される場合に起こっている問題だ。
この場合、個人病院の医師は立場上、総合病院まで付添うことが通例だそうだ。
医師として当たり前のことであろう。
初見した医師がその状況を正確に、後を引き継ぐ医師に伝える必要があるからだ。
しかし、問題はこの後。
総合病院側ではその付添った医師に帰りのタクシーを呼ぶなどの措置を取っていないそうだ。
緊急搬送だったため、携帯電話や小銭を一切忘れ付添うことに必死だった。
先の新聞記事では、付添った医師は夜中に「はい、さようなら」と放り出され、どうしようもなく20分以上の道程を徒歩で帰宅した。
受け入れた総合病院側では、付添って頂いた医師に礼を尽くすべきではないのか?
というよりもそんな夜中に帰る人に何か気遣いは無いのだろうか?
ということだ。
私の感覚からすれば「お帰りはどうなさいますか?タクシー呼びましょうか?」と一言声を掛けるくらいは普通だと思う。
敦賀市の問題はこうだ。
敦賀市には大きなごみ焼却施設がある。
これには国や見、地方公共団体などの出資金で建設・運営されてきた。
しかし、違法産廃などが多量に持ち込まれ、その運営が破綻。施設は閉鎖。その施設から出される有害物質のため、環境対策工事をしなければならない。
その費用をごみを持ち込んだ近隣の地方公共団体に求めたがごみを持ち込んだ側がその支払いを拒んでいるという。
いろいろな経緯があるだろうが自分にも原因があるのだからその費用負担は仕方の無いことだろう。
しかし、「払えない!」ではひどすぎる。
いずれにしろ、私が感じた感想は「相手の立場を考えていない。」ということだ。
これは、マニュアルにして、こうなったら==>こうしよう、と書ききれる物ではない。
人の感性の問題だと思う。
最近はそういったことが不足していると感じる。
そして、今日、敦賀市のごみ焼却問題で「ごみ排出先の地方自治体は環境対策工事の費用払わぬ!」の記事を読んだ。
どちらも、事情はあるのだろうが相手の立場を慮っていないことが原因だと感じた。
どういうことか。
医師の話はこういうことだ。
夜間、緊急で個人病院に診療に来た患者が、その病院では対応しきれず、その病院の取り計らいで別の総合病院へ搬送される場合に起こっている問題だ。
この場合、個人病院の医師は立場上、総合病院まで付添うことが通例だそうだ。
医師として当たり前のことであろう。
初見した医師がその状況を正確に、後を引き継ぐ医師に伝える必要があるからだ。
しかし、問題はこの後。
総合病院側ではその付添った医師に帰りのタクシーを呼ぶなどの措置を取っていないそうだ。
緊急搬送だったため、携帯電話や小銭を一切忘れ付添うことに必死だった。
先の新聞記事では、付添った医師は夜中に「はい、さようなら」と放り出され、どうしようもなく20分以上の道程を徒歩で帰宅した。
受け入れた総合病院側では、付添って頂いた医師に礼を尽くすべきではないのか?
というよりもそんな夜中に帰る人に何か気遣いは無いのだろうか?
ということだ。
私の感覚からすれば「お帰りはどうなさいますか?タクシー呼びましょうか?」と一言声を掛けるくらいは普通だと思う。
敦賀市の問題はこうだ。
敦賀市には大きなごみ焼却施設がある。
これには国や見、地方公共団体などの出資金で建設・運営されてきた。
しかし、違法産廃などが多量に持ち込まれ、その運営が破綻。施設は閉鎖。その施設から出される有害物質のため、環境対策工事をしなければならない。
その費用をごみを持ち込んだ近隣の地方公共団体に求めたがごみを持ち込んだ側がその支払いを拒んでいるという。
いろいろな経緯があるだろうが自分にも原因があるのだからその費用負担は仕方の無いことだろう。
しかし、「払えない!」ではひどすぎる。
いずれにしろ、私が感じた感想は「相手の立場を考えていない。」ということだ。
これは、マニュアルにして、こうなったら==>こうしよう、と書ききれる物ではない。
人の感性の問題だと思う。
最近はそういったことが不足していると感じる。
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